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歯周病(歯槽膿漏)治療と全身性疾患

歯周病と全身性疾患との関連を探る

これまで、人々が歯周病にかかると、歯を失う原因になる、あるいは、ものをよく噛めなくなるといった、口腔内の問題として取り扱われることが一般的でした。しかし歯周病の問題はそれだけにとどまらず、実は全身にもさまざまな影響を及ぼして、たとえば妊婦では低体重児早産の原因になる、また、心臓血管疾患や糖尿病などがある場合は、それを悪化させるなどの事実が次々と明らかになってきています。

この方面での研究がさかんな米国ではperiodontal medicine(歯周医学)という研究医療体系も提唱されており、近く大がりなシンポシウムも開かれる予定と聞いています。その中心的な研究者が今日、ここにご出席いただいているOffenbacher故授とBeck教授のお二人です。本日はお二人に歯周病と全身性疾患との関連についていろいろと伺いたいと思います。

東京医科歯科大学 大学院 歯周病学分野 教授 石川 烈

歯周病で流産のリスクが高まる可能性も

石川:まず、Offenbacher教授は歯周炎と低体重児早産との関連について研究しておられますが、その結論的なことをまとめさせていただきますと、妊婦が歯周炎をもっている場合は、口腔内の炎症が血流を介して子官内の胎児の成長にも影響し、その結果として、低体重児を早産する確率が非常に高くなるということでしたね。

Offenbacher:124例の女性ボランティアを対象に出産後の歯周の健康状態について検討した結果では、低体重児を早産した女性では、正常児を出産した女性に比べて歯周炎をもっている率が高く<図1>、その他の低体重児早産のリスク因子であると考えられている喫煙や飲酒などで補正しても、歯周炎の低体重児早産に対するオッズ比は7という成績でした。また、歯周炎が妊娠中に悪化すると、低体重児早産のリスクがさらに高くなるということもわかりました。

石川:先生の成績は米国では『ニユーヨークタイムス』にも取り上げられて話題になったと聞いておりますが、日本でも大きな反響をよびました。先生の成績は歯周炎と早産の関係についてでしたが、先生は歯周炎と流産の関係については検討されておられませんか。日本では女性が子供を産む数が非常に減ってきていまして、それだけに流産は問題になってきているのですが。

Offenbacher:早期の小規模なコントロールスタディの結果では、重篤な歯周炎が自然流産(spontaneous abortion)あるいは、いわゆる流産(miscarriage)と関連していることが示唆されています。ただ、われわれが研究の対象とする妊婦が流産する確率は必ずしも高いわけではありませんから、われわれのデータはあくまでも小規棋なものにとどまります。今後はもっと大規模な研究が必要だろうと思っています。

動物実験レベルでは、歯周炎と流産との間には用量反応的な関係がみられます。つまりほんの少しの歯周病原因菌で感染チャレンジした場合は、胎児があまり成長しないとか早産という結果になりますが、もっと多くの原因菌でチャレンジすると流産する確率が高くなってきます。これまでは、流産の最大の原因は遺伝子的な素因に求められるという考え方が強くて、感染症とかの他の要因が原因になるとは、あまり考えられてきませんでした。しかし、これからは感染の影響について、もっと注目していく必要があると思っています。

<図1> 低体重児早産の母親と正常児出産の母親におけるアタッチメントロス

歯周病原因菌は亜種によって全身への影響が異なる

石川:Beck教授は歯周炎と心臓血菅疾患との関連について研究しでおられますが、その結論は、やはり歯周炎があると心臓血管疾息を発症するリスクが高くなるということでしたね。

Beck:6〜18年間にわたる5つの長期試験のまとめでは、ベースラインにおいて歯周炎のある人はない人に比べて、心臓血管疾思を発症するリスクが20一180%高くなるという結論になっています。また、歯周炎の程度が重篤になるほど心臓血菅疾患のリスクが高くなるという、正の相関があることも示唆されています <図2>。

石川:歯周炎が心臓血菅疾患に影響するというメカニズムに関しては、やはり口腔内の炎症が血流を介して心臓血管系にも作用し、そこで粥状硬化を引き起こすということでしたね。

Beck:歯周炎では、原因菌の感染の結果として単球などで再生されるPGE2、IL‐1、TNF‐αなどの炎症メディエーターが歯周組織の破壊を起こします。これら炎症メディエーターは心臓血管系でも、酸化ストレスなどを介して組織破壊に働いていると考えられます。 

石川:カナダのトロント大学病理学教室では、心臓血管疾思を発症した人の頸動脈や冠動脈の粥状硬化をとって、そこから歯周炎の主要な原因菌であるPorphyromonas gingivalis(P. gingivalis)を直接検出することに成功しているということでした。日本でも東京歯科大学微生物学教室の奥田克爾教授がPCR法を用いて同じような実験をされていますが、確かにT. denticola が検出されたということです。

Offenbacher :奥田教授はT. denticola 以外の細菌については検討されていないのですか。

石川:おそらく検討はされていると思いますが、これまでのところでは主にT. denticola が見つかったということです。

Beck:われわれはT. denticola以外の細菌も粥状硬化巣に存在するかどうかに、大きな関心をもっています。もし、通常はそういうところに存在しないはずの細菌がみつかれば、それは口腔から血流を介して侵入してきた可能性が高いことになります。つまり、口腔内感染が生体内にもいろいろな病原菌を広げるための糸口になっている可能性が高いことを示唆します。それら病原菌は粥状硬化の形成とは必ずしも強い因果関係がないとしても、やはり全身に暴露されたとなると何らかの影響を及ぽしている可能性は否定できないと思います。

石川:われわれの検討では、歯周炎の人はだいたい60〜70%がP.gingivalisをもっています。また、歯周炎をしっかり治療するとP.gingivalisはほとんどなくなりますから、P.gingivalisが最も主要な歯周病原因菌であることは問違いないと思います。

P.gingivalisに間しては最近、熊本大学医学部分子病理学教室助教授の今村隆寿先生が非常に興味深い研究をしておられます。それはP.gingivalisが血栓を形成するメカニズムについてクリアにしたもので、詳しくは『Journal of Biological Chemistry』に論文が掲載されています。

Offenbacher : 動物実験から明らかになったことですが、P.gingivalisはすべての菌が同じ性状ということではないですね。どうも変異株があって、それぞれ性状が異なるようです。粥状硬化を形成するモデルで、原因菌としてP.gingivalisのある種の株を使うと、粥状硬化が形成されないということが起こり得ます。このことから、粥状硬化の形成には単にP.gingivalisであるということだけでなく、亜種としての性状がどうかということも関連してくるようです。

<図2> ベースラインにおける骨損失の程度と心臓血管疾患(CHD)罹患率の関係 (年齢により補正)

歯周炎と糖尿病は相互に悪影響を及ぼす

石川:歯周炎は低体重児早産や心臓血菅疾患以外にも、いろいろな全身性疾息に影響を与えることもわかっています。たとえば糖尿病については、糖尿病が歯周炎を悪化させるとともに歯周炎も糖尿病を悪化させるという、双方向の影響が指摘されています。

日本では2型糖尿病が非常に増加していまして、40歳以上の層では20%くらいが糖尿病あるいは糖尿病の前段階にあるといわれています。以前にBeck先生は、歯周炎を治療することで糖尿病患者のHbAlc値が低下したと報告されていますが、日本でも岡山大学歯学部歯科保存学第二教室教授の村山洋二先生が、 やはり同じことを報告されています。

Beck:歯周炎の治療によりHbAlc 値が低下することについては、他にもいろいろな報告があるようです。米国でのALIC(atheroscrelosis risk in community)研究では、歯周炎がある場合には糖尿病になりやすいということが、空腹時血糖値が高くなるということで確かめられています。

Offenbacher:われわれの検討では、歯周炎があると肝臓に影響が及び、急性炎症反応の指標としてのCRPが上昇します。こうした状況下では、肝臓におけるグルコース代謝が障害されることは十分に考えられます。つまり、歯周炎は肝臓にストレスを与えてグルコース代謝を障害し、そこから糖尿病前段階とよばれるような病態が導かれて、次第に悪化していくというシナリオが想定されるわけです。さらに、歯周炎は糖尿病と相互に影響しながら心臓血菅疾思にも影響を与えでいるというシナリオも想定されます。心臓血菅系のイベントを起こした人を対象とした種々の疫学調査により、糖尿病はそれ自体が心臓血管疾思の独立したりスクファクターであることが確かめられていますが、ここで考えられる糖尿病のリスクには歯周炎も一役買っている可能性があります。われわれの検討では、歯周炎で糖尿病の人と、歯周炎ではないが糖尿病の人では 心臓血管疾息のリスクが異なり、前者のほうが後者よりリスクが高いというデータも得られています。

デンタルケアに大きな臨床的、経済的メリット

石川:歯周病が種々の全身性疾息に 影響を及ぽすことは、もはや動かしがたい事実になってきたといってよいでしょう。では最後に、こうした事実が明らかになってきたとき、われわれ歯科医はより幅広い層の医師に対して、これをどのようにして伝えていけばよいのか、また患者指導あるいは患者管理にどういかしていったらよいのかということについてお話いただきたいと思います。

Offenbacher:いま石川先生が提起された問題は、非常に重要であると思います。どのような新しい医学的知見も、最終的には実地医療に生かされて、その結果、一般生活者レベルでの健康が増進されるのでなければ意味ないからです。そのためには私は、まず、こうした研究を始めたわれわれの仲間である歯科医たちに研究成呆をアピールし、よく理解していただくことが重要だろうと考えています。これまで歯科医の仕事といえば、歯をできるだけ残すとかにっこり笑ったときに歯がきれいであるようにするとか、口腔内がすっきりしていて気持ちがいいようにするとか、そういったことばかりに重点が置かれてきたような気がします。しかし、これからは歯科医の仕事は歯の健康に限らず、全身の健康に関わっているという意識を強くもっていただく必要があると思います。その次には、歯科医以外の医師たちにも成果をアピールすること、そして、患者へ向けての啓発活助も必要になってくるでしょう。

Beck:米国では最近、いろいろな歯科領域の学会で、歯と全身の健康との関連がテーマとして取り上げられるようになってきています。また、歯科領域以外の医学会でも、こうしたテーマを取り上ける機会は増えてきているようです。また、マスコミを通じて、一般生活者に直接、歯と全身の健康の関連について知識を提供するということも、徐々にですが始まっています。ただ、一般生活者へのキャンペーンということでは、lつだけ危倶されることがあります。それは、歯が悪いと全身の健康を損ねるということになると、一般生活者は、では歯を残しておくのは危険だから歯を抜いてしまえばよいと、短絡的な考え方をしないかということです。歯が悪いと全身の健康に悪いが、歯を失うことも全身の健康に悪いということは、やはり忘れてはならないと思います。

石川:歯と全身の健康では歯への菌の感染が問題であって、歯が問題ではないわけですね。このあたりのことを混同してしまうと非常におかしなことになりますので、われわれ歯科医としでも一般生活者の意譲に十分気を記っている必要があるかもしれません。

歯と全身の健康という間題で、これは好都合というか、われわれに味方していると考えられるのは、歯の健康がデンタルケアによって比較的容易に保てることです。歯周病が全身性疾息を悪化させるといっても、歯周病の治療が難しいのでは手の打ちようがありませんが、そうではないわけです。多くの歯周病は、患者さんのセルフケアによっても十分に治療することが可能です。つまり、われわれは歯の健康に気をつけるという小さな努力で、もしかしたら致命的になるかもしれない全身性疾思の発症、進展を抑えるという大きなメリットを得ることができるわけです。日本では現在、国民医療の削滅が叫ばれていますが、デンタルケアは医療経済面でも貢献をすることになるかもしれません。こうした事実を追い風として、われわれ歯科医は今後、さらにデンタルケアの重要性について訴えていきたいと思っています。

Offenbacher先生、Beck先生、本日はとどうもありがとうございました。



司会:東京医科歯科大学大学院 歯周病学分野教授
石川 烈


ノースカロライナ大学歯周病学教授
Steven Offenbacher


ノースカロライナ大学Dental Ecolory 教授
James D. Beck